- 2024年6月13日
- 2024年6月11日
5月31日に製造販売承認された週1回皮下投与のインスリン製剤アウィクリとは
東京のJR中野駅南口すぐでクリニックを開業している糖尿病専門医の大庭健史です。
糖尿病の医療は日々進歩しており、毎年のように新薬が発売されていますが、今年もしくは来年には新たな糖尿病治療薬が登場する予定です。
それは、厚生労働省の薬事審議会・医薬品第一部会が2024年5月31日に製造販売承認した新しい基礎インスリン製剤「アウィクリ」(インスリンイコデグ)です。
基礎インスリン(基礎分泌)とは、ヒトのインスリン分泌パターンの1つで、24時間持続的に分泌されることで体の恒常性を維持します。
もう1つの分泌パターンである追加インスリン(追加分泌)は、食後に分泌され、栄養(ブドウ糖)を体内に取り込みます。
インスリン製剤の開発の歴史は、基礎分泌と追加分泌をなるべくヒトの生理的なインスリン分泌に近づけることを目指してきました。
今回製造販売承認されたアウィクリは、生理的な基礎分泌に最も近いと期待される基礎インスリン製剤です。
そこで今回のブログでは、基礎インスリン製剤の開発の歴史についてお話しした上で、アウィクリについて詳しくお話させていただきます。
基礎インスリン製剤の開発の歴史について
インスリンは、1921年にバンティングとベストによって発見され、1922年には製剤化されました。当時のインスリンは牛や豚などの膵臓から抽出されたもので、作用時間も短く、不純物が多いため、注射部位が赤く腫れるなどの副作用が多かったといわれています。
その後、インスリンの作用時間を延ばす研究が進められ、1936年に魚から抽出したプロタミンをインスリンに加えることで、皮下投与後のインスリン吸収が遅れ、作用時間が長くなることが発見されました。
そして、1946年に世界初の基礎インスリン製剤が発売されました。ただし、これは中間型と呼ばれるもので、1日2回投与が必要であり、生理的な基礎分泌には程遠いものでした。
1960年代には、動物由来のインスリンをより純化することでインスリン製剤の副作用が軽減されました。
1979年には遺伝子組み換え技術を用いて大腸菌などからヒトインスリンを合成できるようになり、1983年には中間型のヒトインスリン製剤が発売されました。
その後、ヒトのインスリンの構造を人工的に改変して効果を持続させる研究が行われ、2000年に世界初の持効型インスリンであるランタス(インスリングラルギン)が発売されました。
さらに、より効果の持続するトレシーバ(インスリンデグルデク)が2013年に発売され、インスリン製剤の進歩は一段落するかに思えました。
しかし、体内でより分解されにくいインスリン製剤の開発は進み、ついに今回週1回投与の持効型インスリンであるアウィクリが製造販売承認され、近い将来発売される予定となりました。
アウィクリの有用性と有害事象について
アウィクリは「a weekly(ア ウィークリー)」に因んで命名されたと推測されますが、その名の通り週1回の注射で済む薬剤です。
そのため、自分でインスリンを注射できない患者さんや、先端恐怖症などでインスリン注射が苦手な方などにとって良い選択肢となるでしょう。
また、多くのインスリン治療を受けている方々にとっては、「既存の持効型インスリン製剤とアウィクリのどちらが良いのか?」という疑問が生じるかもしれません。
この疑問に対しては、大規模臨床研究のONWARDS試験によって徐々に明らかとなってきました。
ONWARDS 1試験ではアウィクリとランタスを比較検討し、両剤間に有害事象についての有意な差は見られませんでした。
また、有効性については、52週間後のHbA1cの減少がアウィクリで-1.55%、ランタスで-1.35%となり、アウィクリの優位性が示されました。(https://www.nejm.jp/abstract/vol389.p297)
(N Engl J Med 2023; 389: 297-308)
ONWARDS 2試験ではアウィクリとトレシーバを比較検討し、両剤間に低血糖の有意な差はありませんでした。
有効性については、26週間後のHbA1cの減少がアウィクリで-0.93%、トレシーバで-0.71%となり、アウィクリの優位性が示されました。(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37148899)
以上の結果から、週1回投与のアウィクリが既存の持効型インスリンよりも優れていると感じる方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、その優位性はわずかであり、低血糖のリスクも有意差はないもののアウィクリの方がやや多い傾向にあります。
したがって、有用性についてはアウィクリと既存の持効型インスリンはほぼ同等と考えます。
そのため、アウィクリが発売された際には、患者さんの生活環境や特性などを総合的に評価し、その使用を検討しようと考えています。
最後に
糖尿病治療については、インスリン製剤の進歩だけでなく、経口血糖降下薬や他の注射製剤もここ十数年で大きく進歩しています。
2009年に日本で初めてDPP-4阻害薬(ジャヌビアなど)が発売され、その確かな有効性と副作用の少なさから、DPP-4阻害薬はすぐに糖尿病治療薬の主役となりました。
その後もGLP-1受容体作動薬やSGLT-2阻害薬などが発売され、従来のスルホニル尿素薬やチアゾリジン薬などの使用は減少しています。
このように、糖尿病治療は驚くべきスピードで進化しています。当クリニックは、所属する医師が全員糖尿病専門医であることを生かし、この変化に適応し、常に最善最良の糖尿病治療を提供していく所存です。
このブログをご覧になっている糖尿病患者さんで、ご自身の糖尿病治療に疑問や懸念などがある場合は、当クリニックのホームページの糖尿病のページをご覧になるか、ぜひ一度当クリニックにお気軽にご相談ください。
(文責:中野駅前内科クリニック 糖尿病・内分泌内科 院長・医学博士 大庭健史)