- 2025年6月15日
- 2025年5月30日
SGLT2阻害薬によるダイエットは危険?糖尿病専門医が詳しく解説
東京のJR中野駅南口からすぐのところにある「中野駅前内科クリニック 糖尿病・内分泌内科」の院長、大庭健史です。
近年、SGLT2阻害薬が「痩せ薬」としてインターネット上で注目され、一部では2型糖尿病ではない方がダイエット目的で使用するケースも見られるようになっています。
しかし、SGLT2阻害薬は本来、糖尿病治療を目的として開発された医療用医薬品であり、健康な方が使用することにはさまざまなリスクが伴います。

さらに、当初期待されていたほどの減量効果がないことも明らかになってきています。こうした背景を踏まえ、糖尿病専門医の立場から、SGLT2阻害薬がどのような薬であるのか、そしてなぜ糖尿病でない方の使用には注意が必要なのかについて、最新の研究や臨床知見をもとに、わかりやすくご説明します。
SGLT2阻害薬とは? ― 本来の目的と働き
SGLT2阻害薬は、主に腎臓の近位尿細管に存在する「SGLT2(ナトリウム・グルコース共輸送体2)」というたんぱく質の働きを抑えることで、ブドウ糖の再吸収を防ぎ、尿中に糖を排泄させることで血糖値を下げる薬です。
2型糖尿病の患者さんでは、SGLT2阻害薬の使用により、1日あたり約70g(約280kcal)の尿糖が排泄されることが報告されており、血糖値の改善とともに体重がわずかに減少する効果も確認されています。(https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3422910)
こうした作用から、「痩せられる薬」として誤解されることがありますが、これはあくまでも糖尿病という病態の中での話です。正常な代謝状態にある人が使用すると、体にさまざまな負担がかかる可能性があります。

健康な代謝とGLUT4の役割
通常、体内のブドウ糖は、食後に分泌されるインスリンの働きによって、筋肉や脂肪細胞に取り込まれます。
このとき重要なのが、GLUT4(グルコース輸送担体4)という分子で、インスリンの刺激を受けると細胞表面に移動し、血糖を細胞内に運び入れる役割を果たします。
この経路は、体の代謝バランスを維持しながら、筋肉量を保ちつつエネルギーを効率的に利用する、生理的で健全な仕組みです。
一方、SGLT2阻害薬はこのインスリン–GLUT4経路を介さず、腎臓からグルコースを強制的に尿中へ排泄させるという、インスリンに依存しない作用を持ちます。
そのため、血糖値が低下しても、体はエネルギーが不足していると認識し、肝臓での内因性グルコース産生をむしろ増加させるという、逆説的な代謝反応が起こることが報告されています。(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24463448)
このように、SGLT2阻害薬は本来の代謝の流れとは異なる経路で作用するため、特に糖尿病でない人が使用した場合、筋肉の分解やケトン体の増加など、予期せぬ副作用を引き起こすおそれがあります。
想定された体重減少が得られない―最新研究が示した結果について
SGLT2阻害薬は、尿中にブドウ糖を排泄させることで1日あたり約280 kcalのエネルギーが体外に失われるとされています。
そのため、理論上はかなりの体重減少が期待されます。ところが実際には、思ったほど体重が減らないという現象が、多くの患者さんで報告されています。
この疑問に対して明確なデータを示したのが、2023年に『Diabetes Care』に掲載された論文「Energy Balance After Sodium–Glucose Cotransporter 2 Inhibition」です。
この研究では、SGLT2阻害薬を90週間にわたり使用した被験者の体重変化が追跡されました。その結果、男性では平均−3.1 ± 4.6 kg、女性では平均−3.2 ± 3.6 kgという数値が報告されています。確かに体重は減少していますが、個人差が大きく、なかには体重が増加した人もいた点は見逃せません。
では、そもそもどの程度の減量が予測されていたのでしょうか。研究チームは、「エネルギー摂取量が変化しない」と仮定した数理モデルを使って体重減少の予測値を算出しました。
その結果、男性で平均−11.4 ± 3.0 kg、女性で−11.1 ± 3.2 kgという数値が導かれました。これは、実際に観察された体重減少の約3倍にあたり、非常に大きな差です。(https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4542276)

(出典:The New England Journal of Medicine)
この差が生じた理由として、いくつかの代償的な生理反応が考えられています。たとえば、尿から糖が排出されることで失われたエネルギーを補おうとして、自然に食欲が高まる傾向があります。
また、筋肉量の減少によって基礎代謝が低下し、安静時の消費エネルギーが減ってしまうこともあります。さらに、長期的なエネルギー不足に適応する形で、体が“燃費の良い”省エネ状態へと移行する代謝調節も起こります。
これらの反応はいずれも、身体が恒常性(ホメオスタシス)を保とうとする正常な仕組みの一部ですが、同時に、「カロリーを排出すれば自然に痩せる」という単純な発想が通用しないことを示しています。
想定される副作用と注意点
SGLT2阻害薬は本来、2型糖尿病の治療を目的として開発された医療用医薬品であり、その効果や副作用は医師の厳密な管理下で評価されるべきものです。
特に糖尿病ではない方が減量目的で安易に使用した場合、以下のような深刻な健康リスクが生じる可能性があります。
・脱水および電解質異常
糖とともに水分が尿中に排出されるため、体内の水分および電解質バランスが崩れやすくなります。これにより、倦怠感、口渇、めまい、動悸などの症状が現れることがあります。
・筋肉量の減少
エネルギー不足に適応しようとして、体は筋肉組織を分解し、エネルギー源として利用しようとします。その結果、筋肉量の減少や基礎代謝の低下を招き、疲労感やリバウンドのリスクが高まります。
・尿路・性器感染症
尿中のブドウ糖濃度が高くなることで、細菌や真菌が繁殖しやすくなり、膀胱炎や膣カンジダ症などの感染症が起こりやすくなります。特に女性での発症頻度が高く、再発を繰り返すケースも報告されています。
・ケトアシドーシス(正常血糖ケトアシドーシスを含む)
SGLT2阻害薬はインスリンの働きに依存せずに血糖を下げるため、血糖値がそれほど上昇していなくても、体が脂肪を過剰に分解し、ケトン体を大量に産生することがあります。その結果、「正常血糖ケトアシドーシス(euglycemic diabetic ketoacidosis)」と呼ばれる重篤な代謝異常が生じることがあります。この状態は一見すると血糖値が正常範囲にあるため診断が遅れやすく、放置すると吐き気、腹痛、呼吸困難、意識障害などを引き起こし、命に関わる危険性もあります。
「体重が減る」=「健康になった」とは限らない
体重が減ると、一見すると良い変化のように思われがちですが、必ずしもそれが健康の改善を意味するわけではありません。
特に、筋肉量の減少や代謝機能の低下を伴う減量は、むしろ健康を損なうリスクを高めます。 加齢とともに筋肉の維持が難しくなるなかで、筋肉量の減少は転倒や骨折のリスク増加、さらにはフレイル(虚弱)やサルコペニアといった身体機能の低下を引き起こす要因となります。
また、ブドウ糖を取り込んでエネルギーとして活用する主要な臓器である筋肉が減ることで、インスリン抵抗性の悪化やリバウンドしやすい体質につながる可能性もあります。
見かけの減量だけにとらわれず、その内訳や代謝への影響に目を向けることが、真に健康的な体づくりには欠かせません。
健康的な減量を目指すには
本気で体を変えたいと考えるなら、安易に薬に頼るのではなく、まずは食事療法と運動療法を地道に実践することが基本です。
とくに食事療法は、ダイエットを成功に導くうえで欠かせない柱となるため、正しい知識に基づいて継続的に取り組むことが重要です。
当クリニックでは、リバウンドを招きやすい極端な糖質制限ではなく、1日の総摂取カロリーを適切にコントロールする方法を推奨しています。
目安となる摂取カロリーは、理想体重(=身長[m]×身長[m]×22)に25.0 kcalを掛けた数値が基準となります。ただし、いきなりその目標が難しい場合には、まずは理想体重に27.5 kcalを掛けた範囲内を目指すとよいでしょう。
たとえば、身長が173 cmの方であれば、理想体重はおよそ65.8 kgとなり、1日の目標摂取カロリーは約1650〜1800 kcalとなります。この数値をもとに、1食あたりのカロリーはおおよそ550〜600 kcalを意識することになります。
特に肥満症の方にとっては、このように具体的な数値をもとに日々の食事内容を見直すことが、長期的な健康維持とリバウンド予防につながります。
なお、当クリニックでは、栄養バランスを重視した現実的な食事療法の提案を行っており、詳しくはブログ「肥満症の食事療法と運動療法について専門家が分かりやすく解説」でも詳しくご紹介しています。ご興味のある方は、ぜひそちらも参考にしてみてください。
おわりに
SGLT2阻害薬は、本来、2型糖尿病、心不全、慢性腎臓病といった明確な適応疾患をもつ方に対して使用される医療用の治療薬です。
体重が減るという作用だけに着目し、これらの疾患がない方が自己判断で服用することは、健康に深刻な悪影響を及ぼす可能性があります。
「痩せたい」という思いは誰にとっても自然な感情ですが、大切なのは、その手段が本当に安全で、医学的に意味のあるものであるかをしっかり見極めることです。
健康的な身体を目指すのであれば、専門の医師や管理栄養士のサポートを受けながら、科学的根拠に基づいた正しい方法で取り組むことが何よりも重要です。焦らず、確実に、自分の体と向き合っていきましょう。
(文責:中野駅前内科クリニック 糖尿病・内分泌内科 院長・医学博士 大庭健史)
