• 2023年10月11日

糖尿病患者さんの血糖・脂質・血圧は低ければ低いほど良い(the lower, the better)のか?

院長コラムの第9回目は、糖尿病患者さんの治療目標に関するテーマです。今回は「糖尿病患者さんの血糖・脂質・血圧は全て低ければ低いほど良いのか?」ということについてお話させていただきます。

 

日本の熊本スタディなどの大規模臨床研究の成果から、糖尿病患者さんはHbA1cを7.0%未満に保つことが合併症予防に有益であることが明らかになっています。(https://www.diabetesresearchclinicalpractice.com/article/0168-8227(95)01064-K/pdf)

 

 

また糖尿病患者さんについては、以前から日本のガイドラインなどで、通常の健康な人よりも脂質および血圧の管理がより重要視されてきました。そのため、糖尿病患者さんの血糖、脂質、血圧を低く維持することが良いという論調がありましたが、この論調がより一層強まったのが2008年に発表されたSteno-2研究です。

 

 

Steno-2研究は、血糖コントロール不良(平均HbA1c 8.4%)の糖尿病腎症2期の2型糖尿病患者さん80人を対象とした研究です。HbA1cを6.5%未満、総コレステロールを175 mg/dL未満、中性脂肪を150 mg/dL未満、血圧を130/80 mmHg未満を目標に治療を行った人の方が、心筋梗塞や狭心症などの発症率が低く、またこれに伴う死亡率も低いと報告されました。(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18256393)

 

しかし、この研究の参加者は比較的少数であり、肥満の西洋人に焦点を当てていたため、日本人においても同様の効果が得られるかどうかは明らかではありませんでした。また、治療を強化していなかった患者の血糖、脂質、および血圧がかなり高かったことも留意すべき点です。

 

そのため、日本では、Steno-2研究を上回る人数で、より質の高い大規模臨床研究である「J-DOIT3」が実施されました。この研究は、当時のガイドラインに準拠した標準的な治療を受けた患者さんと、より厳格な治療(HbA1cを6.2%未満、LDLコレステロールを80 mg/dL未満、血圧を120/75 mmHg未満を目標とする治療)を受けた患者さんを比較する形で行われました。(https://www.thelancet.com/journals/landia/article/PIIS2213-8587(17)30327-3/fulltext

 

この研究結果の解釈については、糖尿病患者さんの血糖、脂質、血圧が低ければ低いほど良いとする意見と、そうではないとする意見に割れてしまいました。 

 

このように意見が割れた要因としては、より厳格な治療を受けた患者さんは、J-DOIT3の主要評価項目(心筋梗塞、冠動脈血行再建術、脳卒中、脳血管血行再建術、死亡)において、約19%のリスク低減が見られたものの、統計的は有意ではなかったことが挙げられます。

 

(出典:J-DOIT3のホームページより)

 

また、当初の主要評価項目は心筋梗塞、脳卒中、死亡のみでしたが、日本人においてこれらのイベントが比較的稀であることから、途中で主要評価項目が変更されました。このような変更はやむを得なかったと思いますが、じゃんけんでいうと後出しじゃんけんのようにもみえます。そのため、この研究のエビデンスレベル(証拠のレベル)は高いとは断言しにくく、議論の余地があります。

 

このため、一部ではこの研究をネガティブスタディ(統計的有意差のない研究)と見る立場もあります。しかし、喫煙などのリスク因子を考慮して補正を行うと、心筋梗塞や脳卒中などのイベントにおいて統計学的に有意な改善がみられることから、糖尿病患者さんの血糖、脂質、および血圧を低く維持することが有益であることが示されたとの見解も存在します。 

この研究で治療強化された人達が目標値に到達できていなかったこと(平均HbA1cが6.8%、平均LDLコレステロールが85 mg/dL、平均血圧が123/71 mmHg)が、このような微妙な結果につながったと考えています。その一因は、研究が2006年6月に開始された当時、現在一般的に使用されている経口血糖降下薬(DPP-4阻害薬やSGLT-2阻害薬など)がなかったことが大きいと考えます。 

 

(出典:J-DOIT3のホームページより)

 

そのため、今後同様の研究を再度実施すれば、より良好な研究結果が得られる可能性があります。ただし、ヨーロッパで行われた同様の研究で、J-DOIT3の規模を上回るものでありながら、心筋梗塞や死亡率などの点で改善が見られなかったとの報告があることも留意すべきです。(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21705063)

 

以上のことから、私はHbA1cを6.2%未満、LDLコレステロールを80 mg/dL未満、血圧を120/75 mmHg未満を目標とはせず、現在のガイドラインに沿った治療(HbA1cを7.0%未満、LDLコレステロールを120 mg/dL未満、血圧を130/80 mmHg未満)の方が概ね良いと考えます。

 

その理由は、厳格すぎる治療を行うことで薬剤数が増え、低血糖やふらつきなどの副作用のリスクが高まるためです。また、必要以上に医療費が高くなってしまいます。J-DOIT3で示されたベネフィット(利益)は、これらのデメリット(不利益)を大幅に上回ることはないと判断しています。

 

しかしながら、以前のコラム「脂質異常症(高LDLコレステロール血症)における食事療法について」でお話しましたが、脂質については「低ければ低いほど良い」という考えでも良いかもしれません。 

 

その理由は以下の図に示す通りですが、エビデンスレベルの高い大規模な臨床研究の結果をまとめると、LDLコレステロールを下げるほど、心筋梗塞や狭心症などの心血管イベントのリスクが低下するという傾向が見られるためです。

 

(出典:日内会誌 106:708-724, 2017)

 

以上のことから、当クリニックの見解は「血糖・脂質・血圧は全て低ければ低いほど良いとは言えない」となります。

 

当クリニックの方針は、血糖についてはHbA1cを下げるだけでなく血糖変動を抑制することを意識して治療を行います。また脂質については、低ければ低いほど良い可能性があるため、動脈硬化性疾患予防ガイドラインに沿ってしっかりと治療を行います。血圧については、目標とする血圧を130/80 mmHg未満(家庭血圧は125/75 mmHg未満)にして治療を行います。 

 

当クリニックの医師陣は、全員が糖尿病専門医であり、糖尿病を含む生活習慣病に精通しております。生活習慣病に関するご相談やお悩みがありましたら、ぜひ当クリニックにご来院いただければと思います。

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