- 2024年7月13日
- 2024年7月9日
妊娠と甲状腺機能低下症について内分泌代謝科専門医が徹底解説!
JR中野駅南口からすぐのところにある中野駅前内科クリニック 糖尿病・内分泌内科の院長の大庭健史です。
私は日本医科大学千葉北総病院で甲状腺専門外来を担当し、また千葉県にあるレディースクリニックの外来で不妊および妊娠中の甲状腺疾患の診療を専門的に行ってきました。
現在も当クリニックで妊娠と甲状腺疾患について専門的な診療を行っております。
今回は、妊娠と甲状腺機能低下症の関係についてお話しした後に、当クリニックの治療方針についてもお話させていただきます。
不妊症と甲状腺機能低下症の関係について
近年、わずかな甲状腺機能低下が不妊の一因となりうるとのことで、婦人科および内分泌内科では積極的な治療介入が行われています。
体内の甲状腺ホルモンの過不足を測る指標として、TSH(甲状腺刺激ホルモン)というホルモンが用いられます。
一般的には、このTSHが無症状であっても10 μIU/mL以上になると、甲状腺ホルモン製剤のチラーヂンS(レボチロキシン)が必要となります。
ところが、不妊症の方の場合、わずかな甲状腺機能低下(TSH 2.5 μIU/mL以上)でも妊娠しづらいとのことで、チラーヂンSの内服が開始されることが多いです。
しかし、2016年にアメリカで行われた大規模臨床研究では、TSH 2.5 µIU/mL以上の潜在性甲状腺機能低下症でも妊娠率に差がないという報告があり、中国でも同様の報告があります。(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4891792) (https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0015028222019756)
そのため、2024年に発表されたアメリカ生殖医学会のガイドラインでは、わずかな甲状腺機能低下を有する妊娠希望の方に対して、チラーヂンSを処方することは推奨しないとしています。(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38163620)
当クリニックにおける不妊症の方への甲状腺機能低下症の治療方針について
不妊症とわずかな甲状腺機能低下の関係については、関連性があるという報告もあれば、それを否定する報告も多く、まだ一定の見解が得られたとは言い難い状況です。
また、日本は世界と比較してヨードの過剰摂取に伴う潜在性甲状腺機能低下症が多いこともあり、海外の論文やガイドラインだけを参考に医療を行うことは必ずしも適切とは言えません。
そのため、当クリニックではかかりつけの婦人科の治療方針に沿うよう心掛けており、その結果として、当クリニックではTSH 2.5 μIU/mL未満になるようにチラーヂンSを投与することが多いのが現状です。
ただし、チラーヂンSの過量投与により甲状腺機能亢進症になった場合にはとデメリットが大きくなってしまうため、そうならないように細心の注意を払い、治療にあたっています。
妊娠中の甲状腺ホルモンについて
甲状腺ホルモンは、お腹の中にいる赤ちゃんの脳や体の発育にとって必要不可欠であり、その不足により流産や早産などのリスクが増えることが明らかになっています。
これは明らかな甲状腺機能低下症だけでなく、抗TPO抗体(抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体)が陽性で、わずかな甲状腺機能低下(TSH 2.5 μIU/mL以上)の方も、チラーヂンSで治療することで流産や早産などのリスクが低減するとの報告があります。(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20130074)
一方で、わずかな甲状腺機能低下の方にチラーヂンSで治療しても流産や早産などのリスクが変わらないとする報告もあり、アメリカ生殖医学会のガイドラインでは、わずかな甲状腺機能低下と流産リスクには関連性が乏しいことを患者さんに説明することを推奨しています。(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38163620)
また、米国甲状腺学会の2017年ガイドラインでは、妊娠前期(妊娠13週まで)はTSH 2.5 μIU/mL未満、妊娠中期~後期(14週以降)はTSH 3.0 μIU/mL未満を推奨しています。
ただし、抗TPO抗体が陰性の場合はTSH 2.5~4.0 μIU/mLでのチラーヂンSによる治療は推奨されず、抗TPO抗体が陽性の場合はTSH 2.5~4.0 μIU/mLでのチラーヂンSによる治療を考慮することが推奨されています。 (https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28056690)
当クリニックにおける妊娠中の方への甲状腺機能低下症の治療方針について
2024年7月現在、日本では妊娠における潜在性甲状腺機能低下症の治療に関するガイドラインはありません。
また、海外のガイドラインや論文でも様々な見解があり、妊娠中の甲状腺ホルモンの管理は医師によって多少異なるのが現状です。 当クリニックでは、米国甲状腺学会の2017年ガイドラインを参考にし、妊娠13週まではTSH 2.5 μIU/mL未満、妊娠14週以降はTSH 3.0 μIU/mL未満を目標に治療を行っております。
米国甲状腺学会ガイドライン2017では、TSH 2.5~4.0 μIU/mLで抗TPO抗体が陰性の方にはチラーヂンSの補充を推奨していませんが、当クリニックではかかりつけの婦人科の治療方針を考慮し、チラーヂンSを投与することもあります。
ただし、チラーヂンSが過量投与にならないよう厳格な管理を行っています。
まとめ
妊娠と甲状腺ホルモンには関連がありますが、わずかな甲状腺機能低下が妊娠に与える影響については、まだまだ不明な点が多いです。
その結果、我々甲状腺を専門とする医師がチラーヂンSを妊娠されている方(特に抗TPO抗体が陰性の方)に投与するべきかどうかについては、悩むことがあります。
そのため、一刻も早く日本において、妊娠における潜在性甲状腺機能低下症のガイドラインが作成され、ガイドラインに沿った医療が提供できることを切に望みます。
最後になりますが、橋本病やバセドウ病などの一般的な甲状腺疾患について詳しく知りたい方は、当クリニックのホームページ「甲状腺・内分泌」をご参照いただければ幸いです。
(文責:中野駅前内科クリニック 糖尿病・内分泌内科 院長・医学博士 大庭健史)