• 2025年12月22日
  • 2025年11月22日

緩徐進行1型糖尿病(SPIDDM)について 新しい診断基準と治療の考え方

東京都中野区のJR中野駅南口からすぐの場所でクリニックを開業している、糖尿病専門医の大庭健史です。

 

緩徐進行1型糖尿病(SPIDDM:slowly progressive insulin-dependent diabetes mellitus)は、2012年に日本糖尿病学会が診断基準を作成しましたが、当時の基準にはいくつかの課題がありました。

 

旧基準では、まだインスリン治療を必要としない患者さんも同じ病型として扱っていたため、実際の進行の速さや重症度を十分に反映できませんでした。

 

また、診断に用いる自己抗体が抗GAD抗体とICAに限られていたため、IA-2抗体・ZnT8抗体・インスリン自己抗体のみ陽性の方など、一部のタイプが診断から漏れてしまうこともありました。

 

さらに、抗GAD抗体が陽性でも必ずしもインスリン治療が必要になるとは限らないことが明らかになり、進行リスクをより正確に評価できる新しい基準が求められていました。

 

こうした課題を踏まえ、2023年に診断基準が改訂されました。新基準では、自己抗体の種類を拡大し、インスリン分泌能の低下や経過に応じて「definite」と「probable」の2段階に分類するようになりました。

 

この改訂により、より正確な診断と、患者さん一人ひとりの病状に合わせた治療方針の立案が可能となりました。ここでは、新しい診断基準や治療の考え方などついて、患者さん向けにわかりやすく解説します。

 

 

緩徐進行1型糖尿病とは

通常の1型糖尿病は、自己免疫の働きによって膵臓のβ細胞が急速に破壊され、短期間でインスリン分泌が失われるのが特徴です。

 

これに対し、緩徐進行1型糖尿病は、同じ自己免疫性の病気でありながら、β細胞の破壊がゆっくりと進行します。

 

典型的には、初期には2型糖尿病に似た経過をとり、生活習慣の改善や経口薬で血糖が保たれることもありますが、時間の経過とともにインスリンを作る力が少しずつ低下し、やがてインスリン療法が必要になります。

 

新しい診断基準について

2023年のガイドライン改訂により、緩徐進行1型糖尿病の診断は「definite」と「probable」の2段階に分類されました。

 

診断には、以下の2項目を必須条件として満たす必要があります。

・病期を通じて、膵島関連自己抗体(抗GAD抗体、抗IA-2抗体、ICA、ZnT8抗体、インスリン抗体など)のいずれかが陽性であること。

・糖尿病の診断時にケトーシスまたはケトアシドーシスを伴わず、直ちにインスリン治療を必要としないこと。

 

これらの条件を満たしたうえで、経過中にインスリン分泌能が緩徐に低下し、糖尿病の診断から3か月以上経過してインスリン治療が必要となり、最終的に内因性インスリン欠乏状態(空腹時血清Cペプチド<0.6 ng/mL)を示す場合、緩徐進行1型糖尿病(definite)と診断されます。

 

一方、この条件を満たさない場合は、緩徐進行1型糖尿病(probable)と判定されます。

 

 

「definite」と「probable」の違いについて

この分類は、病気がどこまで進行しているかを示す目安です。

 

「definite」は、すでに膵臓のβ細胞の機能が著しく低下し、インスリン治療が必要な段階を指します。一方、「probable」は、まだ膵臓がある程度インスリンを分泌しており、経口血糖降下薬や食事・運動療法によって血糖コントロールが保たれている状態です。

 

ただし、「probable」であっても時間の経過とともにβ細胞の破壊が進行し、最終的にインスリン依存状態へ移行することが少なくありません。

 

そのため、定期的にインスリン分泌能を評価し、病状の進行を確認することが非常に重要です。

 

診断のために行う検査

診断の第一歩は、自己抗体の測定です。

 

自己抗体のうち抗GAD抗体は、1型糖尿病患者さんの約70〜80%で認められ、これが陽性であれば緩徐進行1型糖尿病の可能性が高まります。

 

また、膵臓のインスリン分泌能力を評価するためにCペプチドを測定します。Cペプチドは、膵臓でインスリンが作られる過程で同時に生成される物質であり、インスリン分泌の指標となります。数値が低いほど、インスリン分泌能の低下を示します。

 

さらに、血糖値やHbA1cの推移、発症年齢、肥満の有無などの臨床的背景も総合的に考慮し、2型糖尿病など他の糖尿病との鑑別を行います。

 

治療の基本方針

緩徐進行1型糖尿病(definite)と診断された場合は、原則としてインスリン治療を導入することが推奨されます。一方で、緩徐進行1型糖尿病(probable)については、経過観察の中で柔軟に治療方針を決めるのが一般的です。

 

ただし、スルホニル尿素薬(アマリールなど)は推奨されません。実際、Tokyo Studyでは、抗GAD抗体陽性でインスリン分泌能が保たれている患者さんを対象に、インスリン治療群とスルホニル尿素薬治療群を比較したところ、スルホニル尿素薬を内服した群ではインスリン治療が必要となった方が約43%であったのに対し、インスリン治療群では約10%と有意に低かったことが報告されています。(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18397986)

 

また、スルホニル尿素薬を内服した群では治療開始から約5年でインスリン分泌能が明らかに低下したのに対し、インスリン群では比較的良好に保たれていたという解析もあります。

 

こうした結果から、スルホニル尿素薬を用いると膵臓のβ細胞に過度の負荷がかかり、病態の進行を早める可能性があるため、緩徐進行1型糖尿病の治療ではまず避けるべきとされています。

 

 

そのため、スルホニル尿素薬ではなく、膵臓のβ細胞への負担が比較的少ない薬剤(メトホルミンやDPP-4阻害薬など)を用いながら血糖コントロールを行うケースが多くなっています。

 

また、定期的にCペプチドを測定し、インスリン分泌能の低下が進んできた段階で、速やかにインスリン導入を検討することが重要です。

 

まとめ

緩徐進行1型糖尿病は、自己免疫によって膵臓のインスリンを作る膵臓のβ細胞がゆっくりと壊されていくタイプの糖尿病です。

 

2023年の診断基準改訂により、「definite」=自己抗体陽性でインスリン分泌がほぼ枯渇した状態、「probable」=自己抗体陽性だが、まだインスリン分泌が保たれている状態と明確に区別されました。

 

「definite」では速やかなインスリン導入が推奨され、「probable」では膵臓のβ細胞を保護する治療を行いながら、定期的にインスリン分泌能を評価します。

 

スルホニル尿素薬は膵臓のβ細胞への負担が大きく、病気の進行を早める可能性があるため避けることが大切です。

 

また、緩徐進行1型糖尿病でも、2型糖尿病と同様に食事療法や運動療法が重要です。生活習慣を整えることで血糖コントロールを改善し、合併症の予防にもつながります。

詳しくは、当クリニックの以下のブログもご参照ください。

糖尿病の食事療法と当クリニックの栄養指導について

糖尿病の運動療法について

 

(文責:中野駅前内科クリニック 糖尿病・内分泌内科 院長・医学博士 大庭健史)

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