脂質異常症とは
血液の中には脂質が存在しています。これを血中脂質と呼び、主なものはコレステロールと中性脂肪になります。中でも、LDLコレステロール(俗に「悪玉コレステロール」と呼ばれるもの)や中性脂肪(トリグリセライド)が高い状態にある、またはHDLコレステロール(俗に「善玉コレステロール」と呼ばれるもの)が低い状態にある場合、「脂質異常症」と診断されます。
脂質異常症は自覚症状がありませんが、このような状態を放置すると、動脈の壁にコレステロールが沈着し、血管が狭まったり、動脈が硬くなって弾力を失ったりすることで血流が悪化します。その結果、脳卒中(脳梗塞、脳出血、くも膜下出血)や虚血性心疾患(狭心症、心筋梗塞)などの重篤な病気を引き起こすことがあります。そのため、健康診断などで脂質異常症が指摘された場合には、早めの受診が大切となります。当クリニックでは、内分泌代謝科専門医がわかりやすく親切丁寧な説明を行い、皆さんの脂質異常症に対する理解を深めながら診療に取り組んでまいります。なお、脂質異常症の診断基準となる具体的な数値は下表の通りです。
脂質異常症の診断基準
検査項目 | 数値 | |
---|---|---|
高LDL コレステロール 血症 |
LDLコレステロール | 140㎎/dL以上 |
境界域LDL コレステロール 血症 |
LDLコレステロール | 120~139㎎/dL以上 |
低HDL コレステロール 血症 |
HDLコレステロール | 40㎎/dL未満 |
高中性脂肪 (トリグリセライド)血症 |
中性脂肪 | 150㎎/dL以上 |
脂質異常症の治療(食事療法と運動療法)
脂質異常症の治療では、主にLDLコレステロールを引き下げることが大切です。なぜならこの数値を適正にすることで、動脈硬化性疾患(心筋梗塞や脳梗塞など)を最大限に予防できるからです。そのために、まずは食事療法と運動療法を行うことが重要です。
LDLコレステロール値を下げる食事療法としては、食物繊維の豊富な食品(野菜、海藻、きのこ類など)を積極的に摂取することが重要です。また、肉よりも魚や大豆製品を優先的に摂取することも推奨されます。一方、コレステロールを多く含む卵黄やレバー、魚卵、肉の脂身、乳製品は控えるように心掛ける必要があります。
これらの食事療法に加えて、定期的な運動も重要です。適度な運動はHDLコレステロールを増加させ、中性脂肪を低下させます。運動内容としては、激しい運動は不要で、軽度から中強度の有酸素運動が中心となります。ウォーキングや軽いジョギング、スイミングなどを1日合計30分以上、週3回以上続けることが望ましいです。またLDLコレステロールに関するより詳しい説明についてはこちらを、中性脂肪とHDLコレステロールに関するより詳しい説明についてはこちらをご覧ください。
なお、生活習慣の改善(食事療法と運動療法)を2~3か月ほど続けても脂質が目標値に到達しない場合は、薬物治療の開始を検討します。
脂質異常症の薬物治療
食事療法と運動療法を2〜3ヶ月ほど続けても、LDLコレステロールや中性脂肪などの数値が改善しない場合には、内服薬による治療を検討します。ただし、動脈硬化性疾患(心筋梗塞や脳梗塞など)のリスクが高い方は、早めに薬物治療を始める場合もあります。
薬物治療において、特に高LDLコレステロール血症は「the lower, the better(低ければ低いほど良い)」とも言われており、当クリニックでは以下に示す動脈硬化性疾患予防ガイドラインに沿って治療を進めて参ります。
脂質異常症のお薬にはいくつかの種類があり、主に以下のように分類されます。
- スタチン(HMG-CoA還元酵素阻害薬):主に肝臓に作用し、HMG-CoA還元酵素という酵素の働きを阻害することにより、主にLDLコレステロールの生成を抑制します。動脈硬化性疾患のリスクを減らす効果が高く、最も一般的な脂質異常症治療薬です。効果の強さにより、スタンダードスタチンとストロングスタチンに分類されます。スタンダードスタチンに属するお薬には、メバロチン(プラバスタチン)、リポパス(シンバスタチン)、ローコール(フルバスタチン)があり、ストロングスタチンに属するお薬には、リバロ(ピタバスタチン)、クレストール(ロスバスタチン)、リピトール(アトルバスタチン)があります。
- フィブラート:主に肝臓に作用し、ペルオキシソーム増殖剤活性化受容体α(PPARα)を活性化することで中性脂肪の産生を抑制します。また、わずかにHDLコレステロールを増やす効果もあります。これに属するお薬には、ベザトール(ベザフィブラート)、リピディル・トライコア(フェノフィブラート)があります。
- 選択的PPARαモジュレーター:従来のフィブラートよりも特異的にペルオキシソーム増殖剤活性化受容体α(PPARα)を活性化することで、中性脂肪の産生を強く抑制します。これに属するお薬はパルモディア(ペマフィブラート)のみになります。
- 小腸コレステロールトランスポーター阻害薬:消化管内の小腸でコレステロールの吸収を阻害し、主にLDLコレステロールを低減させます。これに属するお薬はゼチーア(エゼチミブ)のみですが、同じくLDLコレステロールを低減させるスタチンとの合剤が複数あります。ゼチーアとスタチンの合剤を使用することで、より強力なLDLコレステロール低減効果を得ることができます。
- ω3系不飽和脂肪酸製剤:主にEPA(エイコサペンタエン酸)とDHA(ドコサヘキサエン酸)というω3系の不飽和脂肪酸を含む薬剤で、中性脂肪を下げる効果があります。さらに、心血管疾患のリスクを低減する効果も期待されます。これに属するお薬には、エパデール(イコサペント酸エチル)、ロトリガ(オメガ-3脂肪酸エチル)があります。
- ニコチン酸誘導体:肝臓で脂肪酸合成を抑制することにより、主に中性脂肪を下げる効果があります。またLDLコレステロールを減少させ、HDLコレステロールを増加させる作用もあります。これに属するお薬には、ユベラ(ニコチン酸トコフェロール)、コレキサミン(ニコモール)、ペリシット(ニセリトロール)があります。
- 陰イオン交換樹脂(レジン):消化管内で胆汁酸を吸着することで、肝臓は新たな胆汁酸を合成するためにコレステロールを消費します。その結果、LDLコレステロールが低下します。これに属するお薬には、コレバイン(コレスチミド)、クエストラン(コレスチラミン)があります。
- その他の脂質異常症治療薬:主に家族性高コレステロール血症の患者さんに使用される注射薬のPCSK9阻害薬であるレパーサ(エボロクマブ)、注射薬のPCSK9を生成する遺伝情報を持つmRNAを標的としたレクビオ(インクリシランナトリウム)、MTP阻害薬であるジャクスタピッド(ロミタピド)があります。どちらも血液中のLDLコレステロールを強力に下げる効果があります。なお、より詳しい説明についてはこちらをご覧ください。
これらの薬は、患者さんの脂質の検査データ(LDLコレステロールや中性脂肪など)や動脈硬化性疾患(心筋梗塞や脳梗塞など)のリスクに応じて選択されます。一般的にスタチンが最初に考慮され、他の薬は必要に応じて追加されます。当クリニックでは、内分泌代謝科専門医が個別の状況に応じた適切な薬物療法を行ってまいります。
脂質異常症の検査
脂質異常症は自覚症状がないため、健康診断などで指摘されることが多いです。また、他の病気の検査や心筋梗塞などの病気の際に偶然発見されるケースもあります。しかし、この場合は脂質異常症による合併症が進行していることが多いため、そのような状態になる前に検査を受けておくことが重要です。さらに、脂質異常症にはホルモンの異常(橋本病やクッシング症候群など)や遺伝性疾患(家族性高コレステロール血症など)が関与している場合もあります。
脂質異常症の原因および合併症を早期に発見するためのアプローチとして、当クリニックでは以下のことを行います。
- 問診:家族歴、既往歴、喫煙歴、飲酒歴、運動習慣、食事内容など。
- 身体所見:身長、体重、BMI、腹囲、血圧、結節性黄色腫の有無など。
- 画像検査:頸動脈エコー、アキレス腱肥厚の有無など。
脂質異常症とホルモン異常
脂質異常症には、原発性脂質異常症と続発性(二次性)脂質異常症の2つのタイプがあります。原発性は、主に遺伝的な要因によって引き起こされる脂質異常症です。一方続発性は、ホルモンの異常などの疾患や、薬物の副作用などによって引き起こされます。例えば、橋本病による甲状腺機能低下症では、LDLコレステロールが上昇します。また、クッシング症候群ではLDLコレステロールと中性脂肪が高くなります。さらに、先端巨大症や褐色細胞腫などでも脂質異常症が生じる可能性があります。そのため、脂質異常症の治療に取り組む際には、薬物治療だけでなく、ホルモンの異常を疑って血液検査をし、適切な診断を行うことが重要です。
家族性高コレステロール血症
家族性高コレステロール血症(Familial Hypercholesterolemia、以下FH)は、生まれつきLDLコレステロールが高く、若い時から動脈硬化が進んでいく病気です。特に心臓の血管に影響が大きく、心筋梗塞や狭心症を引き起こしやすい病気です。FHは200~300人に1人の割合で発症すると言われていますが、日本での診断率は1%未満と極端に低く、多くの患者さんが見過ごされているとされています。そのため、当クリニックでは問診に加え超音波検査でのアキレス腱肥厚を確認し、FHを正確に診断して適切な治療を行っています。
なお、15歳以上の成人のFHは、以下の3項目中2つ以上を満たすと診断されます。
- 未治療時のLDLコレステロール値が180 mg/dL以上
- アキレス腱肥厚、腱黄色腫、結節性黄色腫のいずれかを認める
- 第一度近親者(両親、兄弟、姉妹、または子供)がFHあるいは早発性冠動脈疾患
注)アキレス腱肥厚とは、超音波検査でアキレス腱の厚みが男性6.0mm以上、女性5.5mm以上のこと。
治療の基本は、動脈硬化の発症および進行の予防であり、LDLコレステロール値を管理目標値(100 mg/dL未満)に達成することです。また同時に、動脈硬化の危険因子となる喫煙や肥満などを避け、糖尿病や高血圧症がある場合はこれらを厳格に管理する必要があります。なお、より詳しい説明についてはこちらをご覧ください。
脂質異常症 Q&A
- LDLコレステロールが180 mg/dL以上だと、なぜアキレス腱の厚さを測定するのですか?
- 家族性高コレステロール血症を診断するために、アキレス腱の厚さを測定する必要があるためです。家族性高コレステロール血症は遺伝性の疾患であり、この病気を見落としてしまうと若い年齢で心筋梗塞などの深刻な合併症を引き起こす可能性があります。ご本人が家族性高コレステロール血症と診断されることで、普通の脂質異常症と診断されていたご家族も家族性高コレステロール血症と診断することができるようになります。その結果、ご本人だけでなくご家族も適切な治療を受けることができ、深刻な合併症を防ぐことに繋がります。
- LDLコレステロールは運動で下げることはできますか?
- 運動によって中性脂肪はエネルギーに変換されるため、血液中の中性脂肪が低下することもあります。しかし、LDLコレステロールはエネルギーに変換されないため、運動だけでは直接的に低下しません。そのため、LDLコレステロールの改善には食事療法が重要です。
- LDLコレステロールを下げるお薬を内服すると糖尿病になりやすくなるのは本当ですか?
- LDLコレステロールを下げるスタチン系薬剤の中で、いくつかのお薬は糖尿病になる可能性をわずかに高めるという報告があります。そのため、当クリニックでは血糖値に影響を与えないお薬を選択するようにしています。
- なぜ中性脂肪よりもLDLコレステロールを下げることが優先されるのですか?
- LDLコレステロールを下げることで、動脈硬化性疾患(心筋梗塞や脳梗塞など)のリスクを大幅に減少させる効果が確認されています。一方、中性脂肪を下げることで動脈硬化性疾患のリスクを低減することは示唆されていますが、その効果は限定的です。従って、治療の優先順位はLDLコレステロールの管理に重点を置くことが一般的で、中性脂肪の値は食事療法と運動療法でしばらく様子をみることが多いです。
- 空腹時の中性脂肪が500 mg/dL以上だと急性膵炎になりやすくなるのは本当ですか?
- 中性脂肪の高い状態が急性膵炎のリスクを増加させることは知られていますが、そのメカニズムについては明らかになっていません。急性膵炎は、膵臓の急激な炎症によって引き起こされる疾患であり、重篤な合併症を引き起こすことがあります。急性膵炎のリスク因子である中性脂肪を改善するためには、まずお酒を控えることや食事療法の見直しが重要ですが、それでも改善しない場合は薬物治療を検討することもあります。
- HDLコレステロール(俗にいう善玉コレステロール)が高すぎると良くないというのは本当ですか?
- HDLコレステロールが高い場合にも問題があるとされることがあります。HDLコレステロールが100 mg/dL以上の高値になると、動脈硬化による病気のリスクが高まる可能性が示唆されています。これは、質の悪いHDLコレステロールが多いことが影響していると考えられています。
- LH比(LDLコレステロールとHDLコレステロールの比率)は低ければ問題はないでしょうか?
- LH比が低いと、HDLコレステロール(俗にいう善玉コレステロール)が多く、LDLコレステロール(俗にいう悪玉コレステロール)が少ないことを意味し、一般的には血管内がきれいで健康な状態とされています。
ただし、HDLコレステロールが高すぎることは決して良いことではありません。LH比が低くても、HDLコレステロールが高すぎる場合は、動脈硬化のリスクが高まる可能性もあるため、注意が必要です。LH比だけで、脂質を評価しないことが重要なのです。